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CT室で失われた命 [救急医療]

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医療を受ける方々の中には、CT室はただ単に検査をするだけの安全な場所と思っている方も多いのではないだろうか? 

一言、言っておく。大きな間違いであると。

検査なんかすぐ出来て、しかも安全・・・・・。こんな潜在意識を持っていれば、

どうしてCTをとらなかったのか?」 

「あのときCTをとっていさえすれば、助かったはずだ

こんな批判を、無配慮に無遠慮に、担当した医師に投げかけることであろう。

救急の現場の医師は、CT室が危険であることを、よくわかっていると思う。 CT撮影は、時に死のトンネルと化すこともあるのだ。

そんな自験例を本日は紹介する。

症例  48歳男性

自動車対自動車の交通事故。交差点で、直進中の車が左方から進入してきた車と側面衝突。搬入された傷病者は直進中だった車のドライバー。車は大破し、傷病者はシートベルトをしていなかった模様とのこと。来院時バイタル、sBP 108、HR124 KT35.6 RR 27 SpO2 100 (10L O2) 。意識は二桁だった。 バイタルは、プレショック状態だ。 

「おい、急げ! ラインをとれ、2本だ!」
「エコー、エコーを見るぞ、急げ!」
「気道確保も必要だ! 挿管の準備!」 こんな声を上げながら、複数の医師が患者に群がった。

搬送されるや否や、救急処置室は、戦場のようになった。 

当時、JATECなる日本の外傷初期治療など、まだ未確立の時代だった。
現場のリーダーの采配に、患者の命が握られている。 
リーダーの振る舞いは、その時、その時のリーダ次第・・・・・。
人によってやることがばらばら・・・・。
そんな時代だった。 

この患者の運命は、この日のERのリーダーだった私にゆだねれていたといっても過言ではない。

0分  バイタル 上記のごとく。 顔色不良。明らかな外出血はないが、右膝関節に変形あり。
     直ちに挿管の準備に入りつつ、一人はバッグで換気管理。
     二人は同時に左右からラインをとりに行った。
     ライン取れ次第、全開で輸液開始。

5分   腹部エコー。 脾、腎損傷が怪しい。 (今で、いうところのFASTに相当)
10分  ポータブルで、胸、頚部側面、骨盤 のレントゲンを撮影。 
              (JATECに準ずれば、ここでは頚部Xpは不要だったかも)
20分  気管挿管手技および確認作業完了
25分  レントゲン写真到着。 左血胸あり、恥骨結合に骨折あり。
              (ここで、トロッカーを入れなかったことは反省に値する)
30分  輸液が1000~1500程度入ったところで、血圧128 HR109

当時の私は、少し悩んだ。 何を悩んだか・・・・・

そう、CTに行くかどうかだ。 プレショックであり、多発外傷は間違いがないことはすでに判明している。頭は未評価だ・・・・・ でも、バイタルは輸液には反応してくれたようだ・・・・・・・
急性硬膜外(または下)血腫だって、十分あるかもしれないのだ・・・・

こんなことが私の頭をよぎった。

一般に、各臓器の専門医は、専門外の問題点に対して不安を抱くものだ。
腹部外科医は、頭のことを心配する・・・・・ 一方、脳外科医は、胸、腹のことを心配する・・・・・・
あたりまえのことだ。自分の知らないところで急変があったときに、だれもその責任を負いたいとは思わないだろう。多発外傷のマネージメントの最大の難しさは、その科間の舵取りであるといっても過言ではない。

とは、いうものの、悩んでいる時間はないのだ。 本当に何分間悩んだのか、私には記憶がない。おそらく、数十秒から数分以内の私なりの決断だったと思う。

「よし、CTで評価できる。GO!だ。」

当時の勤務先の病院は、救急処置室とCT室の距離は、廊下一つ分だった。救急室設計の時点で、処置室とCT室が最短になるように配慮されているためだ。
この距離の問題も、私にCT GO!を判断させた一因であったといまさらながらに思う。

外科病棟当直医と脳外科当直医に、この時点で同時に緊急コンサルトするとともに、患者をCT室へ行けと2名の医師に指示を出した。CTが出来るころに、二人の医師が降りてきて、主科の決定と優先治療順位を検討するという私の算段のうえのコンサルトだった。

その時点でのERは、この患者だけでなかった。 救急処置室に3~4名の診察が現在進行中の患者。やや離れたところの外来ブースでは、徒歩来院の患者の診察も進行中だ。
私の役割は、その全体の統括と管理だった。ERチームは、若手医師中心に私を含めて10名弱くらいだ。だから、私はこの患者だけにかまっているわけにはいかなったのだ。

CT室へ指示を出した時点で、私は、他の患者のマネージに走らざるを得なかった。こちらは、こちらで、またあれこれと指令をださないといけない・・・

ほどなくして、

「先生~~~~、心肺停止ですう~~~~!」


と先ほど指令を出したDrから、叫びにも近い連絡が入った。

55分 CT室から帰室。 脈が触れない。PEA(徐拍型)だった・・・・・・・・

唖然とした・・・・。 計算の上のCT GO!と判断したのに・・・・・・・あてが外れた・・・・・

降りてきてくれた外科当直医と脳外科当直医もこの患者の心肺蘇生処置に協力してくれた。私達は懸命にがんばった。しかし、患者の心拍が蘇ることはなかった。

122分  死亡確認。 

出来上がったCT像を見ると、左大量血胸、脾臓破裂、脳室内出血だった。

もし、これが今のご時世であったら、私の判断は、判断ミスとして糾弾され、訴訟にまで発展すれば、「CTをとらずに直ちに開腹術をすれば助かった。よって、○○○○円の損害賠償を命ずる」なんてなるだろうと思う。 本当に、恐ろしい世の中になったものだと思う。

CT室は死のトンネルという言葉はこういうことだ。 どんなに気をつけてもこんなことがあるのだ。

だから、現場を知らない人たちから、「CTをとりさえすれば助かったはずだ」なんて私は言われたくない。

シュミレーションで学ぶ救急対応マニュアル 千代孝夫先生編集 羊土社 P76~79から引用する

「CT」撮影中に呼吸停止!-「死へのトンネル」の配慮

●CTは、得られる情報と全身状態とを総合的に判断し実施すること
●あくまで、病態を優先し、全身の把握に努めること
●急変時には、あくまで基本に忠実であること

この症例は、私自身、患者を助けられたかもしれない・・・といまだに悔いている症例である。自分で思い、自分で反省するからこそ、次の診療のためにがんばろうと思えるのだ。
だが、他人から同じことを言われても、私の心には決して響かない。
むしろ、「だったら、お前がやれよ」としか感じないだろう。 人の心とはそういうものである。


コメント(34)  トラックバック(1) 
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コメント 34

コメントの受付は締め切りました
筑紫の里

私はCT室でSAHの再破裂を経験しました。CTが終わると両側瞳孔は開いていました。十分ERで降圧、鎮静、鎮痛処置をしておけばよかったと悔やまれます。脳外科医は多分にDr.CT、Dr.MRIに頼る傾向があります。
何でもCTの前にやらなければならない事がないか?それ以降、いつも考えるようになりました。
by 筑紫の里 (2007-12-18 23:06) 

skyteam

 自分も胸部大動脈瘤の破裂で、撮影し終えた途端(左大量血胸でした)、そのまま心停止でお亡くなりになられた患者さまを経験しました。結局、「予見可能」とかそんなの法律家のたわごとだよな・・・って思います。
by skyteam (2007-12-18 23:33) 

moto

先だってJATECを受けてきたばかりですが、よく似たシナリオがたしかあったような・・
切迫するDがあって、骨盤骨折由来の後腹膜出血がFASTで認められて、整形と放科の先生をよんで、塞栓術をたのむんですが、その先生たち(インスト)が、口ぐちに、「脳外科の先生呼ぶのが先じゃないですか?」と受講生に問いつめるというものですが。
受講生は、循環不安定なので、Cの安定化が優先なことを、はっきりと説明できなければなりません。
ああいうシナリオは、なんちゃって救急医先生たち先人の苦い思いから、凝縮されて、できたんでしょうね。
1月には、PALSを受けることにしました。(だめもとで申し込んだら採用された。申し込んでみるもんですね)
若い先生がた、こういう時代だからこそ、救急の基礎のトレーニングはたいせつだと思います。訓練不十分なまま、現場前線に行けなどとは、決して言いません(むしろ、行くな、危険だ、撤退せよ、と申し上げたい)。しかし、状況変化して、安全にふつうの医療が施せる時代になったときに、いつでも戦列復帰できるよう、訓練は欠かしてはならないと思います。

わたしも、今の仕事、やりがいもあるし、順調なのですが、いつか、再び、戦地に立ちたいと思っています。。
いまは、難しいです。敵の弾に当たるのは何ら怖くありませんが、守っているはずの住民に後ろから襲われるなんてのは、やりきれないですからね。
by moto (2007-12-18 23:36) 

moto

読み返して、えらそうなこと書いてしまったと、ちょっと反省していますが・・わたしの場合、「再び戦地に立ちたい」の戦地は、救急というよりは、単に、病気を診るお医者さん、という意味ですね。。救急科の経験はないですから。
(しかし、わたしにとっては、懐かしい戦地です。。)
by moto (2007-12-19 00:08) 

キナコ

はじめまして。
いつも拝見させて頂いています。

私は全く医療関係者ではなく、むしろいつもお世話になっている立場の者ですが、本当に気力、体力的にも大変なお仕事だと感じられます。

医療を受ける私たちも、意識をもっとかえていかなければ、と先生のブログを拝見し痛感しております。

「当たり前」と思っていた気持ちを引き締め感謝しつつ、多くの先生方の活躍をお祈りいたします。

どうぞこれからも頑張ってください!
by キナコ (2007-12-19 00:09) 

僻地外科医

 motoせんせいがおっしゃるようにこのような症例を積み重ねてきた結果が現在のJATECであり、ACLSであると思います。

 今の訴訟事情のようにたまたま上手く行かなかったものを訴えることが続いていたら、訴えられた医者は前線から退き、これらの経験の蓄積によるJATECもACLSも生まれなかったでしょう。

 今の訴訟事情は患者が自分で自分の首を絞めているように思えます。
by 僻地外科医 (2007-12-19 09:16) 

pon

moto先生の
>再び戦地に立ちたい
という思いはすばらしいですね。
私は、そしておそらくはここを覗いている多くの先生方も今の医療現場に絶望しているのだと思っていました。
しかし、多くの先生方は強制されて医療をしているわけではないので、最終的には辞めてしまえばいいのだと思います。
(多くのというのは学費無料でお小遣いを学生時代にもらっていた辞めたくても辞められない先生もいるのかなぁと思いまして。保釈料を払えば良いようですが)
そして辞めないのはどうしてかなぁと自分でも不思議です。
医療訴訟があっても、過労死する医師がいてもおそらくまだ対岸の火事だと思っているからだと思います。
文句は言いつつ、絶望的に絶望はしてないから続けるって感じでしょうか。
私などは普段から普通のサラリーマンにあこがれていますから(やってみればそれはそれで苦労があるのでしょうけれど、少なくとも訴訟の心配はないかと)割のいい仕事があれば転職したいと思っています。
実際時給換算したら今よりいい仕事はいっぱいありそうですが。
労働環境改善の為には全員で辞めるしかないかと時々考えます。
メディアも医師を守るような記事は書きませんし、私達がアピールする方法はないものでしょうかね。
医師会は例えば診療報酬でも0.数パーセントのところのみみっちい攻防をしているような団体ですから期待できませんね。
医師からの世間へのアピールって足りないような気がしませんか?
エントリーとは関係なくなっていますね。
すみません。
by pon (2007-12-19 13:30) 

ますいか

5年ほど前、CTで、私も痛い経験があります。交通事故で緊急搬送された患者が左側血気胸で搬送されました。挿管後、胸腔ドレナージを挿入し、CT室へ。移動用の人工呼吸器につないで頭部から骨盤腔にかけて撮影。腹腔、骨盤内、頭部異常なし、胸腔ドレナージも効いている。ところが、ICUへ戻り人工呼吸器に繋ぎなおしたとたんに、低換気アラームが鳴る。アンビュウでも換気できず。挿管チューブが詰まったか、抜けたかと考えファイバーで確認指示を出すも、たまたま近くにファイバーが無い状態。血圧はどんどん下がり、徐脈になっていく。迷っている暇はないと挿管チューブを交換したが、換気はできず心停止。蘇生処置も全く効かず...。その後、患者さんは大学の法医学教室へ運ばれ剖検されました。結果は両側気胸。CTでは、ドレナージが十分に効いている画像を確認した直後だけに、あせって処置をしている時は気胸の診断が頭から抜けていました。おそらく、CT撮影のために何度か行ったベット移動時にドレーンチューブが胸腔内から抜けてしまったのだと思います。ご家族の方にはその旨を全てお話しして、ご了承いただきました。今なら、警察沙汰なのかな。
by ますいか (2007-12-19 13:54) 

元なんちゃって救急医

>筑紫の里 先生
いやあ、SAHもCT行くのはほんと怖いですよね。

>skyteam 先生
大動脈瘤の患者でCT行くのはほんと怖いですよね。

>moto先生
救急の基礎トレーニングが大事なのは、ほんとそう思います。
私は、そういうトレーニングの場を提供したいと思ってこれまでその思いでずっとやってきまいた。なのに、この2年の一連の社会の動きが、私の心にどんなに影響しているか・・・。でも、あくまで、私の内面の問題なので、社会のせいにするつもりはありません。

>ton 様
コメントありがとうございます。
『医療を受ける私たちも、意識をもっとかえていかなければ』
このように感じていただけて、私は嬉しいです。
私は、そのつもりで書いている節があるので。

>僻地外科医 先生
『患者が自分で自分の首を絞めている』
私も同感です・・・・・

>pon先生

http://www.docters.jp/
私は、会員のはしくれとして、けっこう期待しています。

>ますいか 先生

貴重な経験をありがとうございます。まさに、挿管中の患者の急変には、DOPEを思い出せ! この例は、まさにそのPですね。
本当に怖いですね。
by 元なんちゃって救急医 (2007-12-20 20:16) 

ジョンタイター

医者ってやっぱお高いとこからしか人みないんだ、、、
なにが地雷だ、、
患者=お客様じゃないか
どこからお金が出て自分がお飯食ってるか考えろや。
頭下げて銭もらえる職業だからって甘えるなや。
職業感そのものがまちがっとる。
大昔からなww
by ジョンタイター (2007-12-20 20:49) 

元なんちゃって救急医

>ジョンタイター 様

ご自身の考えは、ご自身のお考えです。それでよろしいかと思います。
私は、私の考えです。私は、自分のブログであなたと議論するつもりはありません。 
by 元なんちゃって救急医 (2007-12-20 20:55) 

NO NAME

胃に癌が見つかった患者が、医者のもとに訪れました。
患者「おい、クソ医者。オレはお客様だ。痛いのはいやだから、手術をせずに、癌を治せ!」
医者「それは無理です。手術をしないとあなたを、治せません」
患者「何だと?お客様のいうことが聞けないのか!どこからお金が出て自分がお飯食ってるか考えろや」

 患者=お客様と勘違いされて、無茶な、オーダーをされる方が最近ふえましたなぁ。

 あ、いや。 逃散、逃散。

 さわらぬ、お客様に祟りなしじゃて……。
by NO NAME (2007-12-20 21:34) 

shakaika

もっと怖いのは MRIです。
CTよりも トンネルは 狭く 長く しかも 金属製の器具や装置を室内に持って入れません。針やハサミも扱いに要注意です。(酸素ボンベなんかも 飛んで行って 人に危害を生じたり、MRIの装置も壊れたなんていう話もあります。)
脳血管障害で 緊急MRIというのは かなり怖い検査でもあります。
by shakaika (2007-12-20 23:27) 

筑紫の里

ジョンタイターさん、他人のブログでコメントを述べるにも品格が必要です。
あなたのコメントはこのブログで浮いています。皆さん、そう感じていらっしゃるでしょう。

私たち医師の中でも、このブログは非常に教育的価値の高い地雷を紹介されていて評価の高いブログです。それは明日の患者さんの診療にプラスとなって社会に還元できているはずと信じています。
読者の一人としてこれだけは申しておきます。
by 筑紫の里 (2007-12-21 00:05) 

ジョンタイター

だいたい患者が悪いんだよな。
無知だからこそ医者を甘やかす。
患者ももっと勉強してまともな文句言えるようにならねば。
それから医者も一人の立派な社会人となるように、
接客業を1年間するよう義務化するべきだな。
反対に頭下げて金もらってみるべし。
医者と学校の先生は世間知らずもはなはだしい奴が多すぎる。
まあもちろん立派な人もいるけどな。
インテリぶってるわりには変な宗教や詐欺師にころっとだまされるしww
やっぱ地雷って言葉はやめておけ。
もっとインテリらしいお客様に配慮した言葉使え。
お客様が見たら立腹するww
お前達は世間しらずだ。
by ジョンタイター (2007-12-21 00:47) 

元なんちゃって救急医

>ジョンライター様

議論はしないといいましたが、貴重なことをおっしゃってますので、レスをいたします。言葉遣いが少々荒いのが気になりますので、もう少し物言いを考えてくれれば、尚いいのですが・・・・。

「地雷」という言葉遣いが、気に障るようですね。
それは、私も気にしながら、ずっとブログを書いています。何を気にしているか?そう、対患者という視点に立った場合、医師が患者を「もの」あつかいしているような危惧です。私が、気にしていたことをジョンライター様が代わりに指摘してくれたように感じます。

だから、私は、臨床の現場で、患者を前にして地雷という言葉は決して使っていません。医師間では使いますが・・・。
そういう、言葉の使い分けをしています。

では、私がなぜ、そう思ってもこのブログでは使い続けるか? それは、これが、ネットツールであり、一医師対一患者のface-to-faceのコミュニケーションの場ではないからです。むしろ、一対多の情報発信の意味あいが強いと私が考えているからです。


私がどういう効果を狙っているかは、http://blog.so-net.ne.jp/case-report-by-ERP/20070730
に書いています。抜き出しますと

『こういう性質の疾患を「地雷疾患」という印象的な名称で、医療従事者の間で注意喚起を共有しておくことが、患者側、医療者側、双方のメリットとなってくれればというのが、ささやかながらのブログ主の願いでもあります。』

人間が複数集まれば、様々な反応、様々な考えがあります。だから、ジョンライター様の考えは考えとして、私は認めます。ただ、私の考えと違うところがあるということだけです。その違いのすりあわせを、このブログ上で私はするつもりありません。今回は、ジョンライター様がいいこといってるなと感じたので、レスしているだけです。

私が主たる想定読者を医師としている以上、今の所、このブログ上で、地雷という表現を撤回するつもりはありません。不愉快に感じる方は、ブログにアクセスしないという自主選択をやってもらったらいいと思っています。

とは、いいものの、印象的かつ患者側の立場にたったいい表現をかんがえておくのも悪くないかもしれませんね。

貴重なご指摘ありがとうございました。これを機会に、多くの医師にも私の考えを伝えたくて、ここにレスしました。
by 元なんちゃって救急医 (2007-12-21 05:16) 

元なんちゃって救急医

>shakaika 先生

ご指摘のとおりだと私も思います。おまけに、ERとMR室は距離があるってことも多いのではないかと思います。

いくら、SAH急性期が、MRでわかるとなっても、そういったMR室のリスクがある以上、やっぱりこわいですね。
by 元なんちゃって救急医 (2007-12-21 06:45) 

あつかふぇ

ジョン炊いたーさん>
ちなみに患者は「お客様」ではありません。
医師と患者は人間として対等であるなら、
どちらかがどちらかに諂うということは、おかしくないですか?
医療はサービス業ではありません。
お互いが助け合って、病気と言うハードルを超えていく行為です。
そうですねぇ
例えるなら、マラソンのコーチとランナーという関係でしょうか?
もし、サービス業であるなら、
オリックスの宮内オーナーの仰るところの
「医療は100兆円産業」ですから、
命はお金で買う世界に突入です。
まさか10円で命が買えると思う人はいなくなるでしょうから、
我々も楽ですけどね。
by あつかふぇ (2007-12-21 11:26) 

moto

「地雷」ということばですが・・
このブログを含め、わたしたち医師は、隠れた病気・疾患を指して使っています。
患者を指して使っているのではありません。

しかし、わたしたちの意に反して、なんちゃって救急医先生のおっしゃる「患者をモノ扱いにしている」ような印象を受けた一般の方がおられるのも事実なようです・・
そこで、提案なのですが、本ブログの副標題、「時間外診療の中に潜む『地雷』にスポットを当てながら・・」に付記して、上記趣旨のおことわりを入れてはいかがでしょうか?
「地雷」という言葉を削除すればいいのかもしれませんが、そもそも他でも使われていますし、ここは、「地雷」という言葉についての注釈を広めたほうが良いように思います。
by moto (2007-12-21 17:09) 

moto

追記
わたしたち医者は「たらいまわし」という言葉に敏感に反応して腹を立てますが、それと同じように、患者や一般人は「地雷」という言葉に反応するということでしょうか??
この辺の感覚は、わたしが医者の側なので、はっきりとはわかりません。
仮に「地雷」を使わず、ほかに適当な用語があるかというと・・なんでしょうかね?
陳腐ですが「落とし穴(pitfall)」かな?しかし、地雷とたいして語感は変わらないような気がしますね。
by moto (2007-12-21 17:18) 

ssd

地雷疾患というのは、英語でpitfall(落とし穴)という訳になり、ふつうに使われています。
疾患概念に文句を付けるのは過剰反応ではないでしょうか。
他に患者さんを差別的に扱う用語は、たくさん用意されています(www
わざわざ悪意で「地雷」と使う人はいないです。
by ssd (2007-12-21 18:40) 

ジョンタイター

んー、このブログあんたの恩師とか、
しかるべき先輩とかに見せれる?
もし見てもらえるならその人達の感想を聞きたい。
by ジョンタイター (2007-12-21 19:59) 

moto

>ジョンタイター様

わたしたち医師全員の思いですが、わたしたちの恩師は、患者、というか、病気・疾患そのものです。
その意味で、あなたが機嫌を害された「地雷」という言葉に対しても、わたしたちは畏怖と敬意の念でもって、そう呼びます。
「地雷」こそが、わたしたちの師です。
このことを否定する医師は、ここにはいないでしょう。
そして、それを克服すべく、ここでこうして互いの経験を情報交換しているのです。

先輩・後輩なら、たくさんいます。その多くが、このサイトを見て勉強しています。
年齢は関係ありません。わたしは48歳ですが、ある疾患に関して、わたしよりも経験が深い医師であれば、たとえ20歳代の方でも、わたしにとっては先輩です。
わたしたち医師の中には、先輩後輩はいますが、「師」はいません。
その思いは、80歳、90歳の老医師であっても同じはずです。
by moto (2007-12-21 20:49) 

ジョンタイター

ちょっとショックを受けた、、、
てっきり若造と思っていた。
よく言えば純だが、
悪く言えばやっぱり世間知らずの集まりだ、
世の毒をしらんでも食っていけるだけうらやましくもある。
住む世界の違うお話だ。
じゃましたのう。
by ジョンタイター (2007-12-21 21:17) 

立木 志摩夫

関係ないけど一言。
他人を世間知らずと非難する方というのは、どうして自分の生きている場所こそが「世間」だと無邪気に信じていられるのだろうというのは昔からの疑問なり。
by 立木 志摩夫 (2007-12-21 21:26) 

tidalwave

べつに医療に限らず接客業などの普通のサービス業であっても
サービスをする側とされる側は本来対等なはずで
お金を払っているのだからどんなわがままも許されるという考えそのものがおかしいと思うのです。

”お客様は神様です”という言葉がありますが
この言葉は悪いように一人歩きしているような気がするのです。
神様と呼ばれたいなら、まずはモラルをもったよい客である必要があるのではないでしょうか。

最近、医療以外でもクレーマーが増えているような気がして
私は懸念を覚えます。
本来のエントリーには関係ないコメントですがお許し下さい。
by tidalwave (2007-12-21 21:34) 

moto

うちは完全予約制なんですが、先だって、時間になってもいらっしゃらないお客さんがいて、すっぽかされたかな?と思ってたら、次の日電話がかかってきて、
「忘れてたのに何で電話して起こしてくれなかったのよ!」と怒られたことがあります・・
それで、予約時間を30分たって、お越しにならないときは、その方に限らず、電話を入れることにしました。
・・ただ、電話してよいものかどうか、悩ましいことが多いんですけどね。美容外科に通ってることを、家人に内緒のかた多いですから。
すっぽかして、怒ったかたの言い分は、目からウロコでしたが、こちらとしては、特に腹も立ちません。なんでかっていうと、それだけの額のお金払ってくださってますからね。だから、「お金を払っていれば、その額に見合ったわがままは許される」というのが、わたしの感覚です。

宣伝するわけでもないのですが・・「moto」をクリックすると、うちのクリニックのホムペにつながります。
このホムペ、わたしが国立病院勤務だったころに、長いこと主治医で診ていた女の子が、わたしの開業祝いに作ってくれました。彼女は自宅療養中でした。
ほかにも何人(何十人か?よくわからない)か、わたしには元患者で、現在知人・友人のひとがいます。あつかふぇ様がお書きになっているように、病気を通じて、絆ができますからね。それに、病気になったときというのは、そのひとの地の性格が出ます。だから、わたしの側からいえば、病気から回復した時に、人間としてお付き合いしたいひとかどうかが、よく見えるという利点があります。そうそう、クリニックの経理を見てくださっている税理士さんも、もともと私の入院患者でした(^^;。

だから、お金で許されるわがままもありますが、お金のない貧乏な患者でも、ただで診てあげましょう、人間としてお付き合いは続けさせていただきたい、というひとは現実にいますね。
そのひとの持つ魂の清浄さが、診療の対価です。

どちらも、持ち合わせていない人は・・まだまだ、わたしが人間が出来ていないからかもしれませんが、わたしはご免こうむりたい。
(だから、保険診療は、しないんですけどね)
なにか、宗教でも持っていれば、そういう気の毒なひとにも、奉仕の気持ちで接することができるのかなと思います。マザーテレサなんかは、そうでしたね。
by moto (2007-12-21 22:38) 

世間知らず

患者=お客様になるには、完全自費診療になるしかないよね。値段は病院が決める。全額自費。だったら患者=お客様だ。そうなったらいくらとられるかねー。いくらに設定しようかねー。払える人がもちろんお客様だよ。そうじゃないから、患者=お客様とは思えないね。
by 世間知らず (2007-12-21 22:46) 

勤務医です。 

MRIでは Gd造影をきっかけに 喘息発作を起こした事例で 大発作になって 呼吸停止になったが その緊急の対処には 相当に苦労した という事例を聞いたことがあります。
MRIの出始めのころで パルスオキシメーターも普及していなかった時代の話ですが、
緊急に検査を停止しても 患者さんを引き出して 台の上で 救命処置 というのも 想像するだけでも 大変な感じがしました。
by 勤務医です。  (2007-12-22 00:04) 

キナコ

でしゃばるようですが・・・。

私は先日コメントさせて頂いたように、医療関係者ではありません。
熱が出て具合が悪い、鼻水が止まらない、何かよくわからないけど体調が優れない、肩が痛い、腰が痛い・・・と様々な理由で病院に行き診断してもらいお世話になっています。

医療はサービス業ではないと思うし、私は医者にサービス業的なものを求めた事はありません。
仮に笑顔でいい接客をされても、病気が良くならなければ文句言いませんか?
態度が悪くても病気が治れば「結果的にあの医者の判断は正しかった」と納得しませんか?

お医者様は私達一般人のない専門知識を持って、「地雷」という危険性も意識しながら私達を守ってくれています。

患者が払った金で食ってるんだろ!という考えには賛成しかねます。
それこそ、こういった意識をかえてほしいと思ってこそのブログなのではないでしょうか?
そういう意味では貴重な意見かもしれませんが・・・。

お客様は神様ではありません。
お医者様も神様ではありません。
むしろ、私達は病院という場所を都合のいい場所にしているようにも思えます。
すみません、うまく気持ちを文章に表せませんが。

「地雷」という言葉も、私は特に気になると思ったことはないですがこのブログを読む限り悪意は全く感じられません。
でも、内容をよく読み把握する事をしなければマイナスイメージとなるのかもしれませんね。

オペレーター業をしている私は、日々クレーマーとの戦いです(笑)
本当に、最近は「なぜそこまで自分の思い通りにならないと気がすまないのか!」という自己中心的な人が増えたと実感します。
誰かを悪者にしていなければ気がすまない・・・という感じでしょうか。
これもマスコミのあり方に原因がある気がします。

と、長々と申し訳ありませんでした。
by キナコ (2007-12-22 03:18) 

元なんちゃって救急医

>ton様

『お客様は神様ではありません。
お医者様も神様ではありません。』

これ、いいです!
大変シンプルで、メッセージ性もあります。
ありがとうございます。

どこかで使わせていただきます。
by 元なんちゃって救急医 (2007-12-22 06:36) 

moto

ton様とか、一般の方に、思いが伝わったときの、なんちゃって救急医先生のreactionは、ほんとうに嬉しそうで、みていて微笑ましいですね(^^)。
by moto (2007-12-22 11:53) 

Seagul-X

はじめまして。コメントするのは初めてですが、よく読ませていただいています。

私も ton さんとおなじように患者になって医療を受ける方の立場です。ton さんとおなじように医師の方々には感謝していますし、「地雷」という言葉にも特に悪感情は抱きません。ベテランの医師でも見抜けないことがある疾患を端的に示すのにぴったりだと思うし、むしろ積極的に使っていただきたいと思います。
こちらの blog に書かれている症例は、私が読んでも詳しいことはさっぱりわかりませんが、それだけ医師の診断が大変なこと、間違っても仕方ない場合も多いこと(というより時間の限られているなかでの診断としては最善である場合もあること)、それは決して医師が悪いわけではないことなどは非常によくわかります。

仮に医療がサービス業だとしても(ton さん同様そうは考えてはいませんが)、お客様になるにはそれなりの対価とマナーは必要ですよね。
ちゃんとしたお客様は店員・従業員にも丁寧です。私はジョンタイターさんのお客様感はおかしいと思いますし、世間を知らないのもジョンタイターさんの方だと思います。
by Seagul-X (2007-12-22 12:36) 

Masadou

以前、PCの障害対応(=サービス業)の勤務をしていた一般人です。

確かに、診察には患者さんから病院側へお金が流れます。
ですから、本来の「命をあつかっている」という責任に加え、
患者さんへの態度、言葉遣い、など、サービスの側面も必要になるのかもしれません。

しかし、サービスとは何でもできるという意味ではないはずです。
判断に困る事例というのは、どんなに技術が熟達してもあるでしょうし、
できないものをはっきりと「申し訳ありませんが、それはできません」と、専門家としていうことも列記としたサービスだとおもうのです。

そしてもうひとつ、
ブログの筆者さんの勤務されている環境の特殊性があります。
通常の内科診療であれば、よほど逼迫している状況でない限り、患者さんの話を聞くことはできるでしょう。
そんな状況で、診察室に入ってきて1秒で、
「あー、あんた風邪だからこの薬のんでかえって。こんなことくらいでこないでほしいね。」
といったのなら、それはまずいかもしれません。

しかし、大量吐血しており、内臓損傷が疑われ、
・内臓損傷→開腹してすぐに止血するしかない
・脳損傷→あるかもしれない。あった場合、まずハイリスクだろう
複数のハイリスクな原因が重なる場合、
そして、その様な決断をした何秒後かに、さらに同様の決断を幾重にも迫られる場合、
さらに、そのような患者さんが、同時に3人も4人も処置中の場合、丁寧に、

「患者さんはとても危険な状態です。
 おなかの中で出血し、止めなければいけません。
 一方で、倒れたときに頭をうったりして、脳もまずい可能性があります。
 脳の怪我はかなりハイリスクですから、そちらを優先しなければならない ケースもあります。
 それぞれ、脳をみるためにCTをとる必要があり、デメリットとしては放射線を浴びること、etc・・・」

と、親切に一人一人説明する暇があるでしょうか。
たぶん、1人説明しきる間に3人死んでいるかもしれません。

そして、万一その2つに1つの決断で、不幸な結末になったとき、
決断したドクターが悪いのか、と考えると、
私には、どうしてもそのドクターを責める気にはなれない気がします。

インフォームドコンセントやサービス精神が大切なのはもちろんですが、
クリティカルな現場に、それを求めるのは非常に酷である気がします。
by Masadou (2011-06-23 00:52) 

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