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生と死は対立ではない [雑感]

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最近、こんな光景を救急外来でよく目にする。

施設入所中、ADLは寝たきりの高齢の患者さん。これまで誤嚥性肺炎を繰り返している。今回、熱発にて救急車にて来院。 今回も、レントゲンは、肺炎像を呈している。 落ち着くまでは、急性期病院で抗生物質の点滴加療が必要だ。もちろん、それはそれでいい。 ただ、ひとついえることは、このような患者は、健康な人たちよりも、ずいぶんと「死」が確率的に近い位置にいるということだ。

最近、私は、救急外来でこんな患者に遭遇したとき、「施設職員、患者家族などその患者を支える周りの方々の死生観ってどんな感じなんだろう?」という疑問と興味をもちながら、日々仕事をしている。

そして、種々の状況を鑑み、私がいけると判断した方の場合は、ストレートにこんな質問をかます。

「患者さんの死についてお話し合いをされたことはありますか?」

そこから、お互いの死生観についての会話を始めることが多い。そして、その会話から得た情報は、ポイントをカルテに落とし、病棟への引き継ぎにも使っている。

一番多いと私が思っている反応は、戸惑いである。「えっ!? そこまでは・・・・・・・」 という反応だ。 自宅介護のみならなず、施設介護職員をもってすらも同じだ。もちろん、救急外来という場だからこそ、そうなのかもしれないが。

こういうことは、救急外来の仕事ではないのかもしれない。それは私にもわかっている。
しかし、私は、多くの人に、日ごろの生活の中で、「死」も見つめてほしいと考えている医療者の一人でもある。だから、現場で私と出会った人と、そんな会話をするのだ。

今の日本においては、「生」を中心に、「死」は端っこに、そんな位置関係で、社会が動いているような気がしてならない。いつからそんな社会になったのだろうか? 私にはよくわからない。だが、戦後のマス・コミュニケーションの発達が大きな役割を演じていないだろうか? 戦後の教育が大きな役割を演じていないだろうか?

確かに、「生」を中心にすることを「是」とする社会風潮があったからこそ、今の医療の発展があるのも、事実だろう。一方で、「死」は端っこにおき続けた社会風潮は、様々な問題を今生み出しているとも言える。その一つに、「ゼロリスク社会信奉」があると私は、考えている。つまり、「死=リスク」と考える社会だからこそ、「死を避ける=ゼロリスク」をめざすということだ。ややもすると、それは、次のような認知を生む。

医療は、安全であるべきだ。 社会は、安全であるべきだ。 学校は、安全であるべきだ。 家庭は、安全であるべきだ。病気は避けるべきだ。 ・・・・枚挙にいとまがない。

「・・・べきだ」という思考は、デビットD.バーンズが唱えた「歪んだ思考10のパターン」の中の一つに挙げられている。

「べき思考」からくる弊害に関する考察は、すでにこのエントリーで述べた。 ⇒リスクを認め付き合うこと

じゃあ、どうしたらいいのか?という問いに対して、私は私なりに、このエントリーで、「諦める」そして「受容する」というようなことを述べている。

自分で前々から感じていたのだが、「生を諦める」というのは、どこか受け入れがたい表現である。何かが、違うと、自分の中で違和感を抱き続けていた。

最近、荘子を読みながら、なんとなくその自分が抱き続けてた違和感がわかったような気がしてきた。

生を諦め、死を受容する・・・・・・ この考え方をすること事態、生と死を対立の構造で捉えてしまっていたのだ。

荘子 内篇・大宗師篇では、荘子の死生観が語られている章があるのだが、そこには、こんなことが書いてある。

夫れ大塊我を乗するに形を以てし、我を労するに生を以てし、我を佚にするに老を以てし、我を息わしむるに死を以てす。故に吾が生を善しとする者は、乃ち吾が死を善しとする所以なり

その解釈は次の通り。

そもそも自然とは、我々を大地の上にのせるために肉体を与え、我々を労働させるために生を与え、我々を安楽にするにために老年をもたらし、我々を休息させるために死をもたらすものである。(生と死は、このように一続きのもの)だから、自分の生を善しと認めることは、つまりは、自分の死をも善しとしたことになるのである。(生と死との分別にとらわれて死を厭うのは、正しくない)   荘子第一冊  金谷 治 訳注 岩波文庫P184

この文章に代表されるように、荘子の文章には、生と死の間になんら対立点を感じさせないことから、私自身が、生と死を対立の中で認識していたことに気がついた。

紀元前300年~500年ごろの、中国は乱世の世、百家争鳴の時代であった。そういう時代背景で、孔子・孟子の儒家に対するアンチテーゼとして生まれてきた思想が、老子、荘子を中心とする道家(どうか)思想である。その根本は、無為自然だ。この道家の思想は、ずっと後になって、仏教にも取り込まれ発展していった。

この道家思想は、今の現代社会の中での個人の生き方において、きわめて数多くの示唆を与えてくれていると思う。とくに死生観のところは秀逸だと思う。

今、世の動きは、医療崩壊の打開策として、社会全体の死生観についての思索が浅いままに、「ゼロリスク医療」をただ目指しているだけに過ぎないと私には、思えてしまう。

しかし、日本社会として、画一的に死生観をいじるのは困難であるという問題もある。死生観は、一種の思想でありそのまま宗教とリンクする。そして、憲法20条で、国としての宗教活動は禁止されているからだ。だから、日本国民、個人個人が、考えていくしかないのだろう。同じ20条で、個人の宗教の自由は確保されているのだから。

私個人は、もう少し、道家の思想を深めてみたいと思っている。

メディア報道でも、道家思想を取り扱っているものを見つけた。本日はそれを紹介する。

[生老病死の旅路]福永光司さんに聞く われ、天地の間に逍遥す
1992.11.20 東京夕刊 7頁 写有 (全2,582字) 
 ふくなが・みつじ 中国宗教思想史家。大正7年大分県生まれ。74歳。東大教授、京大人文科学研究所長などを歴任。わが国における老荘思想、道教研究の第一人者。日本文化と道教のかかわりについても探究を続けている。著書に「荘子」「老子」「道教と日本文化」「道教思想史研究」など。
                   ◇
 ◆生死とは「気の集散」
 死という問題を真剣に考えたのは、やはり戦争に行く前ですね。死とはなにか、生とは何なのか、その意味を見つけようと、お寺や教会にも行ってみましたが、
最終的に「これだ」と思ったのは、『荘子』の言葉でした。

 
〈余(わ)れ 宇宙の中に立ち 天地の間に 逍遥(しょうよう)す〉

 人間とは、無限の空間と無限の時間が交わるところに、一定期間、命を与えられたものに過ぎない。しかし、ほんのわずかな期間ではあっても、精一杯、自分が納得するように生き抜くこと。その大切さを、私はこの言葉から学びました。老荘の思想では、人間の生き死にとは、気の集散なんだと考えます。気とは、宇宙に充満している生命の流れであり、人間の肉体を構成しているもの、そして生命の営みである気息でもあります。だから、人は宇宙の大きな気から生まれ、死ぬとまた、大気のなかに帰っていく。あるいは、宇宙に満ち満ちているわけのわからない混沌(こんとん)から生まれ、死後は再びそこに溶け込んでしまう、ともいえるでしょう。人間の生命は、神とか造物主といったものに作られるのではなく、あくまでおのずから生じ、おのずから変化していく、とみるわけです。そして、生と死の根底にあり、天地、大自然を貫いている根源的な真理が「道(タオ)」と呼ばれるものなのです。
 ◆「複合混成」の生き方
 そうした生死のとらえかたを、なるほどと感じたのは、なんといっても戦地ででした。私は大学卒業の一週間後に、熊本の砲兵連隊に入隊し、南支(中国南部)に派遣されました。先ほどの『荘子』の言葉で一応の覚悟はできていたつもりでも、実際に爆撃や機銃掃射を受けると、怖くて怖くて仕方がない。弾がみんな自分をめがけて飛んでくるような気がするんです。そんな日々が続く中で、慣れと疲労もあったんでしょうが、次第に大きな宇宙の海原では、自分はヒエ粒くらいの存在なんだと思えてきましてね。一トン爆弾が降ってきて、いっそ木っ端みじんになった方が楽でいい、と自分を突き放して考えることさえできるようになりました。ある夜、空襲で草むらに伏せている時、ふと空を見上げると、そこには満天の星。あまりの美しさに、もし、ここで死んだら、天に昇って名もなき小さな星になるんだ、と実感しました。大自然と一体になったみたいな、生きても死んでも同じだ、という気分になりましたね。後年、この話を湯川秀樹さんにすると、「それはすごい体験をしたね」と感心して下さいました。ちょうどガンで入院する前後だったので、先生もご自身の死を意識していた時だったからでしょう。
湯川さんは、こんなことも言っていました。「福永君、荘子は素晴らしいな。人間、死んだらどうなるか、それは死んでから確かめればいいと語っている。たしかに、生きているうちに、死後のことまで『こうだ』とひとつに決めてしまおうとする態度こそ、非合理なんだよ」湯川さんの言った通り、老荘的な生き方では、生死の問題に限らず、ひとつでものごとを割り切ってしまうことはしません。コンビネーションというか、複合混成の論理です。野球にたとえると、ストレートに加えて、カーブやシンカーも投げることです。漢方薬にも、その精神は流れていて、ひとつの薬だけで病気を片付けようとせず、何種類もの薬を調合しているわけです。あれでもあり、これでもある、といった柔軟性を尊ぶ姿勢だともいえるでしょう。われわれ自身、日々変化しているのですから、人生や生き方をひとつに決めてしまわず、状況に応じて、その時、その時で判断していく。いわば、船に乗っているようなつもりで、しけが来たら、沈まないだけの処置をして、あとは波に任せる。そんな感じですかね。
 ◆対立が共存できる場
 複合混成の考え方は、西田幾多郎の「場所の哲学」などにも影響を与えていますが、様々な個性を持ち、時には対立するものが、同時に成り立つ「場」をつくっていくことは、これからの我々、さらには人類全体にとっても大切なことだと思います。それは、老いも若きも、金持ちも貧乏人も、権力者も庶民も、みんな素っ裸になって湯舟のなかで楽しくすごす、銭湯みたいなイメージです。
ものごとを直線的に整理し、ひとつに割り切っていくデカルト的な論理、あるいはキリスト教の一神教の論理は、たしかに現代のハイテク文化を花開かせました。しかし、今はそれだけではやっていけない時代だと思います。民族や宗教など、異なり、対立する存在が、ともに成り立つような文明の原理も必要なのです。ただ、日本における老荘思想や道教の研究はけっして進んでいるとはいえません。なんとか、道教の一切経五千四百八十五巻の国訳本をつくりたいのですが……。とても無理な話なので、百二十巻のアンソロジーである「雲笈七籤(うんきゅうしちせん)」の訳注をつける作業を進めています。これも、どこまでできるかわかりません。でも、すでに七十年以上も生かしてもらったという気持ちは強いですね。とくに私の場合は、自分の命は五十年近く前に消えていたはずで、残っているのは拾いもの、といった意識がありますから。いよいよ体の具合が悪くなったら、日本アルプスの雪渓にでも入って、静かにこの世を終わりたいですね。まあ、先のことは、その時考えますけど、畳の上ではなく、芭蕉みたいに旅に病んで死ぬのが理想です。
  ◆   ◆   ◆
 張りのある声で、熱っぽく語る。郷里の中津に戻って六年になるそうだが、精神、肉体ともに、きわめて元気。風貌(ふうぼう)には、古代中国の賢人を思わせるものが漂う。その話は、まさに気宇壮大。老荘思想を軸に儒教や仏教、さらに東西の哲学、現代文明論にまで展開する。宇宙や人間存在、生命、人生にかかわる氏の見解は示唆に富むが、とくに戦争体験に裏打ちされた死生観には、説得力がある。それにしても、死んだら、宇宙の大きな生命の流れと一体になる、あるいは、夜空に昇って星になるという話は、なぜか、心に安らぎを与えてくれる。(聞き手・小林 敬和記者)読売新聞社

ずいぶん前の報道だ。16年前にこのような視点が社会に問いかけられているに関わらず、今の世は結局・・・・・ともいえるかもしれない。
ならば、それはそれとして、今の流れの中で、それに逆らわず、自分を見失わないのが懸命な生き方なのかもしれない。


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コメント 13

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田舎の消化器外科医

示唆に富むエントリー有難う御座います。これを読んで、私自身も先生と同じ疑問を持っていたことに気付かされ、1つの答えを得ることが出来ました。
もうひとつ最近考えていることがあります。現在の終末期の医療では、本人が望む最期と、家族の望む最期とでは、明らかに後者が優先される状況が出来上がっています。
現状では、この患者さんにここまでするのは、本人も望まないであろう、と思われる処置や治療でも、家族が望めばせざるを得ません。本人の望む最期を迎えるためには、元気なうちから自分の死に方を何通りもシミュレーションしなければなりませんが、そのような話を切り出すこと自体が、許される雰囲気で無いことに、頭を悩ませています。
by 田舎の消化器外科医 (2008-04-20 18:47) 

gimjim

はじめまして
大学病院で総合診療やったりERをしたりしているものです このブログにはクモ膜下出血とググって来ました

先日救急ではないんですが内科の初診外来でフロに3日前に入ってから首が痛いといか思いという患者様が見えました 診察して筋緊張型というか肩こりでした

肩をもみながら筋弛緩出して帰る準備していたときに「普段から肩こるんですか?」「いいえ」・・・・フロに入って悪くなるのもおかしいなぁと思って「頭は痛くなりました?」「はい 吐きました」・・・・「頭痛持ちですか?」「いいえ」・・・CTとったらSAHで帰していたら再出血していたかもしれません SAHは怖いですね 
by gimjim (2008-04-20 20:35) 

zanki

 先日、甲状腺腫瘍が見つかり、穿刺検査の結果は、
5段階の5の明確な悪性と言われました。しかし、
乳頭癌とも言われました。乳頭癌は死ぬまで無症状
の人も多いと聞きます。ホルモン剤を一生飲み続ける
デメリットを負ってまで、摘出手術を受ける必要はある
のでしょうか?
 このブログの管理人さん、及び読者の医師の皆さん、
どうかご意見をお聞かせ下さい。 
by zanki (2008-04-21 01:44) 

なんちゃって救急医

>田舎の消化器外科医先生

同意ですね。家族との話の中で、本人意思を推定してもらい、家族が自ら気がつくように話の誘導をかけることはしていますが・・・・

>gimjim 先生
嘔吐は、重要なキーワードになりえますね。ありがとうございます。

>zanki 様
ご病気のこと、大変ですね。いろんな情報がほしくなるお気持ちをお察しします。そういうことを考えると申し訳ないのですが、ネット上の顔の見えない関係の中で、文字という媒体のみでコミュニケーションするしかないネット環境において、個別の医療相談は、無理があると思います。私はそういう考えで、このブログを運営していますので、ご理解のほどを何卒よろしくお願いします。

by なんちゃって救急医 (2008-04-21 06:17) 

NYAO

 家族の方と今後の方針を相談するときによくでる言葉に『できるだけのことをしてください』というのがあります。
 医師にとっては『できるだけのこと』の中には挿管・調節呼吸、透析、IABP/PCPSほか色々なものが含まれます。これらの処置は治療には必要な場合も多いですが、本人の苦痛が伴います。緊急時には合併症や成功の確率は説明しますが、本人の苦痛については説明が不十分になりやすく、家族の方に理解してもらえないことも多いようです。
 最近今後の方針で話がうまく通じなかった際に処置には本人の苦痛を伴うことを説明してみると理解してもらえたことがありました。
by NYAO (2008-04-21 13:58) 

Taichan

誤嚥性肺炎を繰り返す高齢者が入院を繰り返す、これは全国の病院で頭を抱えている問題だと思います。ご家族も何度か繰り返して医師ー患者家族との信頼関係が出来ますとソーシャルワーカーを介して在宅支援センターに登録している医師が24時間体制で往診、訪問看護による点滴治療も受けられます。
都会よりも地方都市の方が小回りは利くかもしれません。私の住んでいる地域では内科医が積極的にこの問題に取り組んでいます。
by Taichan (2008-04-21 19:15) 

なんちゃって救急医

>rira 様

コメントありがとうございます。

http://itokazu.cocolog-nifty.com/ooyake/2007/07/post_d0e4.html

私は、ゼロリスク探求症候群のことをイメージしながら、「ゼロリスク社会信奉」という表現を何気なく使いました。
by なんちゃって救急医 (2008-04-21 20:39) 

なんちゃって救急医

>NYAO 先生

私も同じです。 胸骨圧迫を中断するときにも、患者の苦痛の話をよくします。

>Taichan 先生

たしかに、かかりつけとの連携が密だったら、救急の現場にはあまり来ないかもしれません。私が救急で遭遇する人たちは、むしろそういう密でない体制下の状況で、比較的、しきいの低いレベルで救急現場が利用されているというような印象は感じます。(あくまで印象でデータなどはございません)
by なんちゃって救急医 (2008-04-21 20:49) 

シモイグ

田舎の小病院や地方都市の療養型病院に10年以上勤務していました。
田舎にいた頃、病状を説明したあとにお年寄りがよく言っていたのが「まあ順番だな。」といった言葉でした。死が当たり前のように身近にあり、“年上の者から順番に逝くのだからしかたないな”。という心境なのでしょうか。
これが街の療養型病院ではなかなかそうはいきません。入院してくる方の多くは急性期医療を終わって、いずれ良くなる という意識でみえます。そこには“死”などというものの気配すらありません。
入院が長期になり、何度か誤嚥を経験したり、同室者などが亡くなっていくのをみて、初めて“死”を意識するようになるのだと思います。その頃からようやく“死の迎え方”について家族と話ができるようになってくる場合がほとんどでした。それでも遠方の親戚が文句を言ってきたりもしますが・・・。
核家族が主体となって、さらに地域にも高齢者がいない現在の社会では“死”を知る機会がないのかも知れません。ただでさえイヤな物は遠ざけ、見えて見ぬふりをするこの国の文化では、今後も“死”を知らない人々が増え続けるような気がします。あるいは“人間も生き物でいつかは死ぬんだ”という理屈さえしらない人々が生まれてきているような気も・・・・
by シモイグ (2008-04-22 11:02) 

doctor-d

私も大学受験で漢文をかじった程度ですが、
中国の漢詩や絶句など死生観、人生観で勉強になった覚えがあります。
社会的背景に騒乱や戦争といった人の生死を身近に体験する環境なればそういった達観が得られ、逆に国が平和で安定していると死が遠ざけられ隠されてしまい、死生観が失われるという、皮肉な事に思います。
by doctor-d (2008-04-22 12:01) 

こんこん

29歳の主婦です。
若い頃ひたすら死について考えたことがありました。
特に病気や辛いことなどなく若さゆえ悶々と考えていたものですが、
死はなんだかよくわからない怖いものでした。
結局その時は「考えない」ことにしました。
数年後ネット環境を手に入れました。
死生観についてもなんちゃって先生のように掘り下げた意見に触れて自分の中で変化がありました。
死はなんだかよくわからない怖いものではなくなりました。

なんだか怖いから、わからないから蓋をしてしまう人はきっと多いのでしょう。
私のように。
その人たちに死は怖くないと思ってもらうのって本当に難しいですよね。
個々に医療訴訟をおこしてしまう人は怖くて怖くて最後に診てもらった医療者に矛先を向けてしまう。
医師の人生を巻き込んでめちゃくちゃにしてしまう。

患者サイドとしてなんだか落ち込んでしまいます。
救いが無いなと思います。
by こんこん (2008-04-22 13:34) 

くらいふたーん

生を受けたときから死に向かっているはずなのに みんな 知らないふり。
最近覚えた言葉で言えば 一種の認知のゆがみ ってところでしょうか?

個人的には 医者の仕事は人命を助けるのではなくて 納得できる死を得られるのが本来の仕事だと思ってます。

たとえば今時若い人が普通の肺炎死ぬなんてのは納得できないから がんばって治療します。その他の急性期の治療はその路線の延長です。
一方で たとえば高齢者で本人も家族もあまり望んでいなさそうな状況なら・・・受けいれられる方向へと考えていくわけです。

だから施設や療養病床に入るときには 家族には急変時の対応についての希望など聞いてきましたが それは義務だと思ってやってきました。そのとき決められてなくても考えてもらうのは本当に大事だと思っています。
by くらいふたーん (2008-04-22 15:59) 

Keyaki

「ゼロリスク医療」というのは、示唆に富む文章ですよね。
今の日本は、病院≒病気を治すところという固定観念があり、
また、自己の義務を放棄し、権利ばかり追求する社会風土から
”Monster patient"という人たちが大量発生したのでは、ないのでしょうか。
昔の日本人は「祇園精舎の、、」「行く川の水は絶えずして、、」などの”無常観”をもっていたのではないでしょうか、、。個人的な感想ですが、、
by Keyaki (2008-04-22 21:21) 

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