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赤塚氏へのタモリの弔辞に思うこと [雑感]

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赤塚不二夫氏が、お亡くなりになりました。特に30代後半以降の方々は、赤塚不二夫氏の作品にお世話になった人も多いのでないでしょうか。私自身もその一人です。ケムンパスやニャロメの絵を描いていた子供の頃の自分を思い出します。お世話になった人もそうでない人も、この公認サイトをご覧になれば、赤塚ワールドを体験できます。日本のマンガ文化の土台を作り上げた偉大なお一人だと思います。謹んでご冥福をお祈りします。

さて、そんな赤塚氏でありますが、森田一義(タモリ)氏と随分と深い関係があったのですね。それについては、今回始めて知りました。タモリは、実は私の高校時代の大先輩です。何度かは母校を訪れたことはあるようですが、残念ながら私の在学中の3年間には、ありませんでした。タモリを教えていたという体育の先生は、私の在学中もご健在で、在学中のタモリの話をしてくれていたような記憶があります。

赤塚氏へのタモリの弔辞があまりにすばらしいと思ったので、今回は、それをエントリーにしてみました。 自分たちの生き方と死に方を、それぞれが、それぞれの立場や価値観で見つめなおしてみる良い機会になる・・・そんな弔辞だと思ったからです。

弔辞の様子の動画は、http://jp.youtube.com/watch?v=yxFBBQwUScE で見ることができます。

以下、全文を引用します。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080808-00000046-spn-ent より全文引用

弔辞

 8月2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが回復に向かっていたのに、本当に残念です。

 われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された第1世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクター、私たち世代に強烈に受け入れられました。10代の終わりからわれわれの青春は赤塚不二夫一色でした。

 何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていた時に、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。終わって私のところにやってきたあなたは、「君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住むところがないから、私のマンションにいろ」と、こう言いました。自分の人生にも他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。

 それから長い付き合いが始まりました。しばらくは毎日新宿の「ひとみ寿司」というところで夕方に集まっては深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。他のこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、いまだに私にとって金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしております。

 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。麻雀をする時も、相手の振り込みであがると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。あなたが麻雀で勝ったところを見たことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことはありません。

 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく笑いながらも目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、「この野郎、逝きやがった」と、また高笑いしながら大きな涙を流していました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。

 あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。

 今、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が、思い浮かんでいます。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外への、あの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

 あなたは今この会場のどこか片隅で、ちょっと高い所から、あぐらをかいて、ひじを付き、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に「おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。

 私は人生で初めて読む弔辞が、あなたへのものとは夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今、お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の1つです。合掌。

 平成20年8月7日、森田一義

すばらしい弔辞ですね。 

私たちは、今、つい何かと、自分にとっての不都合を、誰かのせいにしてしまわないでしょうか?

しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことはありません。

こういう赤塚氏の生き方を、私たちも見習っていきたいと思いませんか?

あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。

内容もすばらしいし、なんと言っても、最後のすなわち以下が、最高ですね。 わかる人はわかるでしょうが、わからない人のために、ここを引用しておきます。まっ、そういうことです。このバカボンでの超有名なフレーズと、幸福な人生を人一人が送るためには、どうしても欠かせない受容という認識とを弔辞の中でこうも見事に結びつけ、表現したタモリに脱帽です。 この受容という認識の重要性は、私も自分のブログで繰り返し繰り返し主張してきました。特に、荘子の思想と結びつけて、私は主張してきたわけです。

最後の一文

私もあなたの数多くの作品の1つです。

ただ、お見事としか言いようがありません。

しかし、弔辞全体を通して、死の悲しみや悔恨の情が伝わってこないですよね。むしろ、

あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。

死を肯定しているかのようです。 私自身は、そこがすばらしいと感じているのかもしれません。

参考までに、荘子が、自分の妻と死別するときのエピソードを紹介しておきます。ここにも死の肯定が表現されています。 今回は、老子・荘子を大阪弁で表現しているサイトがありますので、そこから引用させていただきます。(サイト主の個人的解釈が訳文に入っているという点はご了解願います)

http://home.att.ne.jp/wave/ayumi/index.htm  
荘子君 第十八 至楽篇 生死について より引用

生死について  
第十八 至楽篇

荘子くんの奥さんが死んだ
荘子くん、だら~っとしててお盆を叩いて歌ってたんや
そこで恵ちゃんは聞いた
  「奥さんやのに。子供も作って育てた長年の付き合いやんか?
   そんな奥さんが死んだのに、何で泣かへんねん?
   お盆を叩いて歌うなんか、ちょっとヒドイんちゃうん?」
それに荘子くんが答えた
  「変か~?でも、妻が死んだばっかしん時は、悲しゅうて泣いたで。
   せやけど、よぉよぉ考えてみたら、
   人間てなぁ「生」のないとこから来たんや。
   「生」がないばっかりちゃうで、「形」もなかったんたんやで。
   いや、ちゃうちゃう
   もともと「形」ばかりちゃう「形」になる気もなかったモンやねん。
   絶対的なはじまり、天地が曖昧(あいまい)やった頃に、
   変化が生まれたんや
   そこに気が生まれ形になって、命が生まれたんや。
   死んだ命は、その大元に戻っていくだけや。
   それは、春夏秋冬の四季、自然の流れと一緒やないか
   それになぁ。自然のなかの大きな部屋に、
   エエ気持ちで寝ることができるねんで
   そんな至福な人間に向こうて
   『お前がおらんようになって悲しい』て泣くなんて出来へんわ。
   なぁ~そうやろ。
   そう考えたら泣くてコトは自然の法則を無視してるんと思えへんか?
   せやから、ワシは泣けへんねんで」

国民の一人一人が、今をよりよく生きるために、自分の死、他人の死について、自分で向き合い自分で考えること、とても大切だと思います。そんな大切なことを、タモリの弔辞や荘子の妻の死のエピソードが、私たちに教えてくれようとしているのだと思います。


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コメント 12

コメントの受付は締め切りました
リュート

タモさんの弔辞、アドリブかもしれなかったそうです。弔辞も一つの作品だったんですね。
http://www.zakzak.co.jp/gei/2008_08/g2008080805_all.html

by リュート (2008-08-08 22:42) 

mappy

ふと訪れたこのブログに感謝します
このブログのオーナーに感謝します
きっとこの出会いも自然なのかもしれません
ありがとうございます
by mappy (2008-08-09 09:34) 

ハッスル

テレビで見てましたが、感銘を受けました。

確かに仕事柄、疾病を悪者にし、患者の素行を悪者にし、自分の判断を悪者にし、スタッフの仕事を悪者にし・・・

なんでもかんでも”これでいいのだ”としてもいけないのは当たり前ですが、一生懸命頑張った後には、周囲からの少しの労いは不可欠です。
言葉の後ろに必ず各々の思いが存在しているのですから。

一部であれ、アドリブの話が事実だとすれば、なんだかんだ言っても才能ある人は凄いなあとあらためて感じました。
by ハッスル (2008-08-09 13:02) 

エビ

全文を読みたいと思っていたんです。

それを尊敬するなんちゃって救急医先生の言葉とお気持ちと共に読めてとても感激しています。ありがとうございます。

涙がジョバジョバ出て出てしまっています。

亡くなっていく人の力(ものすごく沢山の事を教えてくれます)というものを経験から感じてきたのですが、それを今、先生やタモリさんのおっゃられている事にそっと重ね合わせさせて戴いた気持ちがします。
by エビ (2008-08-09 23:49) 

kyo

はじめまして・・・
私は、DrでもNsでもありませんが・・・
同じ医療の現場にいて、大切な「命」に関わらせて
いただける環境、看護や介護できることを とても
とても幸せだなぁって感じています。
資格はヘルパーのみですが、日々の業務のなかで
何故この処置を行うんだろう?この症状は何が原因で
起きるのだろう?とか・・・たくさんの疑問を自分なりに
調べたり、質問したり・・・人という生命体の不思議さ
神秘さ・・・そして、ココロ(魂)とカラダの連鎖的共存に
日々感動してやみません。
先生のER記事は、いつも自分が患者さんに関わる時、
そして日常の中でも・・もし目の前で急変した方がいたら!
というイメージを常に抱いて、知識として、できる範囲での
実践として・・その瞬間に何か役に立てれば・・との想いで
何度も何度も読み返させていただいています。

特に最近の・・救急の現場からの「救命」→医療・医学の進化
技術的な部分の捉われでなく、「命の、不可逆的な部分・・
受け入れ・ありのまま・・」そういった本質的な部分を見つめる
先生の記事に魂が揺さぶられてなりません。

そんな記事のすべてに「ありがとう」を言葉にして伝えたくて
コメントさせていただきました。  ☆感謝です☆

    
by kyo (2008-08-10 12:00) 

プシ公

>あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。
>それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。

「重苦しい陰の世界」ではなく「重苦しい意味の世界」ではないか、
というのがかんべえさんの意見です。
意味から解放された、そここそ「ナンセンス」の世界。
by プシ公 (2008-08-10 23:20) 

GYNE

美しい死に方は、美しい生の結果であるので、死ぬ瞬間に、「これでいいのだ」と表現できるように、精一杯生きたいと思いました。
by GYNE (2008-08-11 16:25) 

石部金吉

タモリの弔辞は他の医療系ブログでも取り上げられています。
多くの人の心に響いたのでしょう。

さて「天才バカボン」についてですが、
バカボンのパパはどういう経緯であんな美人の奥さんをもらったのか、
それが今でも私には謎です。

どなたか御存知でしたら教えてください。


by 石部金吉 (2008-08-11 16:43) 

竹

目の前に広がる光景、事実、現実を受け容れること。

今思えば、我知らず「これでいいのだ」というフレーズに、
ギャグのナンセンスさだけでなく、何か別のものを
感じていたのかもしれません。

単なるナンセンスギャグに終始していないからこそ
赤塚作品に魅力を覚えるのでしょうね。

そんな思いを弔辞として伝えたタモリさんにも
あらためて「これでいいのだ」です。


by 竹 (2008-08-11 17:20) 

456

胸を打つ弔辞は、送る側が素晴らしいのももちろんですが、
送られる側がすごいのですね

http://www.kanshin.com/keyword/1300445

タモリ氏にしろ上岡氏にしろ、
正しい“愛”の使い方だと思います

by 456 (2008-08-12 10:33) 

なんちゃって救急医

>リュート様

そうですね、たしかに。

>mappy様

うれしいコメントをありがとうございます。

>ハッスル様

ほんとうに、すごいですね、タモリさんは。

>エビ様

こちらこそ、ありがとうございます。

>kyo様

「とても幸せだなぁって感じています。」

すばらしいことだと思います。こちらこそありがとうございます。

>プシ公様

うむむ、よくわかりませんでした。

>GYNE様

同感です。

>石部金吉 様

これは、私もわかりませんわ。

>竹様

そうですね。そう思います。

>456様

上岡龍太郎氏の弔辞も彼らしいですね。
教えてくださりありがとうございます。
by なんちゃって救急医 (2008-08-13 09:29) 

doctor-d

全く同感ですね。私も衝撃を受けた弔辞でした。

現在の医療崩壊を救うべき言葉が、天才バカボンの「これでいいのだ」だったとは。タモリのセンスの良さを再確認させられました。


by doctor-d (2008-08-13 11:17) 

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