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大野病院判決:メディア報道の偏向性を憂う [医療記事]

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福島大野病院無罪判決が出て4日が経過した。実に多くの報道がなされている。しかしながら、メディアがあまり世間に伝えていない視点がある。本日はその視点について私見を述べてみたい。

前エントリー福島大野病院事件mixi日記の反応から  において、私はmixiの日記の検証を行った。そのことから私が感じたことは、一般の方々がこの報道を通して、改めてお産そのものに内在するリスクを感じ取っていたように思う。つまり、やっぱり、お産は怖いんだという感覚である。

一方、メディア報道(特に新聞社の社説)では、無罪判決を医療の隠蔽体質などと結びつけて論じている記事が多いように思う。福島大野病院の事例に限って言えば、隠蔽体質とは無関係であるにもかかわらずにである。その一例を引用すれば、毎日新聞 社説:帝王切開判決 公正中立な医療審査の確立を である。

そこで、私は、主要全国紙や主だった全国の地方紙などを一挙に検索できる有料のデータベース G-searchを用いてメディアの報道状況をチェックしてみた。 検索期間を判決日(2008年8月20日)以降に限定してキーワード検索を行い、そのヒットした記事数から、報道状況の概要を把握しようという方法だ。 共通キーワードとして、判決 AND (無罪 or 大野病院) とした。 可変キーワードとして、A群・・・医療の不確実性に関するもの B群・・・医療界が指摘されてきた体質に関するもの をそれぞれ結果のごとく選んだ。

その結果を示す。

 可変キーワード記事のヒット件数
A群医療の限界1件
医療の不確実性1件
受容 AND リスク0件
死生観 AND リスク0件
B群透明性27件
隠ぺい OR 隠蔽11件
誠実4件
体質6件
医療不信 OR 不信24件

私達医療者は、医療をうける方々に、医療の不確実性、医療行為の中に初めから内在しているリスク というものを理解してほしいと切実に訴え続けている。もちろん、このブログでも、リスクの受容や死生観をキーワードとして、それを訴え続けている。 参考エントリー:リスクを認め付き合うこと 病気・死は悪か? 胎盤早期剥離の事例に思うこと

報道の結果をみると惨憺たる結果である。 無罪判決が出たにも関わらず、メディア報道は、医療の体質に関することばかり報道し、世間が認知すべきリスクについてはまるで報道していないということが、見て取れる。 私自身のキーワードの選出の仕方の問題は残るものの、とりあえずこの結果は、報道の偏向性の具体例と指摘しておきたい。

A群のキーワードがヒットした貴重な新聞報道をここに引用する。

新生面=産婦人科判決
2008.08.21 朝刊 朝一 (全619字) 

 米国の外科医デニスが医師を辞めたのは、医療過誤保険の保険料が高騰したためだ。年収二十万ドルのデニスに、十八万ドルの保険料負担が求められた。失職に苦しむデニスは、うつ病の患者となった▼ジャーナリストの堤未果さんが「文藝春秋六月号」に書いた話。訴訟社会の米国では、医療過誤には患者から巨額の賠償が求められる。このため、医師も保険をかけて“自衛”するが、それも限界に達している▼
患者からすれば、病気を何とか治してほしい。そう願うのが人情だ。医療技術の発達を見れば、なおさらそう思う。医療過誤とも無縁でありたい▼一方、医療側の見方は違う。医療界の論客で泌尿器科医の小松秀樹氏は「医療とは本来、不確実なものです。しかし、この点について患者と医師の認識には大きなずれがあります」と言う(「医療の限界」・新潮新書)▼医療に完全を求める傾向と医師不足が医師の疲労を深め、病院を辞める医師が増えているという。「立ち去り型サボタージュ」。小松氏の造語で、医療界では有名な言葉だ▼福島県立大野病院で、帝王切開手術を受けた女性が死亡した事件の裁判も、検察側と医療側の見解が対立した。検察側は医師の過失を主張したものの、判決は無罪だった▼裁判長は、医師の措置を妥当と認めた。安堵[あんど]した医師も多いだろうが、医療内容を中立的に調査する機関の整備や医師の増員を急ぐべきだ。このままでは、日本の医療も、患者と医療者が苦しむ「米国病」になる心配がある、と診断する。  熊本日日新聞社
地域産科医療への影響検証 大野病院事件受け、医師ら
2008.08.20 共同通信 (全367字) 

福島県立大野病院事件が地域の産科医療に与えた影響を考えるシンポジウムが二十日、福島市内のホテルで開かれ、医師や、医療問題に詳しい弁護士らが意見交換した。名古屋医療センターの野村麻実(のむら・まみ)医師は冒頭、「産科崩壊が身近になったのはこの事件が契機」と指摘。「無罪で良かったが、萎縮(いしゅく)した医療の再建は難しい。残った産科をどう守っていくか住民も考えてほしい」と呼び掛けた。加治一毅(かじ・かずき)弁護士は「捜査機関が医療ミスにどこまで介入するか、医師が安心して働くためには線引きの確立が必要だ」と述べた。医療現場の再建を目指す超党派の議連に所属している自民党の世耕弘成参院議員は「検察は控訴するべきでない」と強調。ほかの参加者からは「産婦人科の専門医大を作るべきだ」「
医療の不確実性が患者側に理解されていない」などの意見が出た。
共同通信社

今回の無罪判決を通して、医療の不確実性の問題を扱った記事は、私はたった二つしか探せなかった。一方、B群に関しては、たくさんある。いちいち全てを全部検証する気にはとてもならない。

医療は、人間の生死という人間の人知では所詮手の届かない深遠なる「自然」を扱う分野である。つまり、医療は、人間にはどうしようできないリスクというものが内在しているという本質を持っているのである。 今回の無罪判決は、妊婦の死亡という悪い結果にも終わったにも関わらず、適正な医療を行ったと裁判が認定した事例なのである。世間に、その医療に内在するリスクの存在を世に啓蒙する絶好の機会である。にもかかわず、報道は、そのリスクの存在を世間に一向に伝えようとしていない。すごくバランスの悪い報道のあり方ではないだろうか。

社会が、我々医療者に襟を正せと要求するだけで、医療の不確実性を理解しようとせず、そのリスクだけを我々医療者に丸投げする風潮が続くのならば、医療崩壊は止まらないと考える。


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コメント 5

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初閲覧者

全く同意権です。
今回の事件はその特異性から社会的通説に終わるべきではないというような趣旨のことを大野病院の事件について触れているブログへいくつか書き込みをしましたが、理解されませんでした。
医療従事者を含め今回のようなまれに見る事件特異性、意義を理解してないコメントを載せているブログは多数存在します。非常に嘆かわしいですね。
このようなエビデンスを示していただきどうもありがとうございました。
by 初閲覧者 (2008-08-24 23:54) 

石部金吉

平成20年8月21日付け朝日新聞の「時時刻刻」で、
別の癒着胎盤症例が紹介されていたそうです。

都内の大学病院で、事前に診断されていた癒着胎盤に対し、
十分な体制と輸血準備で手術に臨み、胎盤を剥離することなく、
帝王切開後すぐに子宮摘出を行ったにもかかわらず、
母体死亡を招いてしまった、というものです。

事後の評価報告書の 
「処置しがたい症例が現実にあることを一般の方々にも理解してほしい」 という記述をのせているところなど、
医師叩きの好きな朝日新聞らしくないなと思いました。

http://tyama7.blog.ocn.ne.jp/obgyn/2008/08/post_d6f6_10.html

流れが変わってきているのでしょうか。
また、同じ新聞社の中でもかなり温度差があるように思います。

新聞社の名前よりも、記者の名前に注目すべきかもしれません。

by 石部金吉 (2008-08-25 09:17) 

furifuri

>すごくバランスの悪い報道のあり方ではないだろうか。

いえ、おそらく
すごくバランスの取れた報道だと思います。
今回の事件で、透明性がなければ無罪にならなかったという論調ですから

つまり、

透明性さえあれば、マスコミは味方だよ 

という意思声明の現れだと思います。

インシデントレポートに力を入れましょう!
書いて書いて書きまくるのです!!


by furifuri (2008-08-25 10:29) 

テキサン

外科医です。多くの医師がそうでしょうが、僕も手術前には必ず厳然たる過去のデータと目標値(エンドポイント)を患者さんや家族に伝えています(入院前に説明します)。
例えば「・・・もちろん全力を尽くしますが、この胃癌の手術で命を落とす確率は当院のデータでは150人に1人です。ちなみにアメリカでは20人に1人です。これが現代医学の限界です。」などです。
ほとんどの患者さんは、そんなもんだろうと思っておられるのでしょうが。

また、この10年間で2回しかなかったと記憶していますが、術中死(ともにコントロール不能の大量出血でした)が免れないと判断した時には、家族にオペ室に入って現実を共有してもらいました。

不幸は自分の身にも起こりうるんだ、という危機感(決して不安をあおるのではありません)を持ってもらえれば病気という敵に対して患者と医師が同じ側に立てると思います。
我々医師も患者とともに必死に疾病と闘ってるんだ、という姿勢を示すべきで、それでも訴え非難されれば医療も終わりだと思います。
by テキサン (2008-08-27 22:40) 

なんちゃって救急医

>初閲覧者様

コメントありがとうございます。

>石部金吉様

記事の紹介ありがとうございました。これは、確かに医療の限界性を症例で紹介している良い視点の記事だと思います。

記者もデスクも人それぞれなのでしょう。こういう視点を持てる人とは仲良くしたいです。

> furifuri 様

そうですね。インシデントはいっぱい報告しましょう。

>テキサン 様

そうですね。同じ側に立てるよう私達も説明のあり方には、配慮したいですね。

by なんちゃって救急医 (2008-08-28 20:32) 

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